埼玉大学調節生理学研究室

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研究内容

塚原 : 「脳の性分化」の研究

はじめに

脊椎動物は有性生殖をおこなって子孫を残します。雄と雌という二つの性によって営まれる生殖の方法は、性質が親とは異なるさまざまな個体を作り出し、生物種内での多様性を生み出します。私たちヒトにも、男と女という二つの性があり有性生殖をして子孫を残します。有性生殖をする動物の生殖腺にはオスの精巣とメスの卵巣があります。精巣と卵巣は機能的にも構造的にも異なりますが、 どちらとも脳から分泌されるホルモンによってその働きが調節されています。従って、ホルモンを分泌して生殖腺をコントロールする脳の働きにも性差があります。また、生殖をおこなうため、動物は雌雄それぞれに特有な性行動を起こします。性行動は脳によって制御されており、生殖腺から分泌される性ステロイドホルモンの脳への作用が重要になります。例えば、ラットやマウスでは、オスのマウント、メスのロードーシスと呼ばれる性行動があり、オスとメスの性行動の発現はそれぞれ精巣から分泌されるアンドロゲンと卵巣から分泌されるエストロゲンが関与しています (図1)。 しかしながら、オスにエストロゲンを注射してもロードーシスは起こらず、メスにアンドロゲンを与えてもマウントは起こりません。分泌されるホルモンの種類がオスとメスで違っているから性行動に違いがあるのではなく、ホルモンが作用して性行動を引き起こす脳内のメカニズムに違いがあるのです。

脳の性差を生じさせる実体は、構造や機能に性差がある脳の細胞や組織に他なりません。脳の中には神経細胞(ニューロン)が多く集まる部分が存在して、これらの部分は神経核と呼ばれます。そして、神経核のいくつかには、細胞、神経線維あるいはシナプスの数、領域の形や大きさ、等に性差があります。そのような形態学的に性差がみられる神経核は性的二型核と呼ばれます。

例えば、ラット脳の視索前野という部分には、オスにおいてメスよりも細胞が多くて領域が大きなSDN-POA、反対にメスにおいてオスよりも優位な構造をもったAVPVという性的二型核が存在しています (図2)。 このような構造の性差が生じた神経核が脳機能の性差を生み出しているのです。実際に、AVPVはメスラットの排卵の制御に関係することが知られています。

脳構造の性差形成は発達期より開始され、発達期の精巣から分泌されたアンドロゲンが作用すると、性的に未分化な脳がオス型に分化します (図3)。 一方、メスは発達期にアンドロゲンが作用しないので脳がメス型になります。アンドロゲンが作用して脳の性分化の方向性が決定される時期(脳の性分化の臨界期と呼ばれる)は動物種によって異なり、ラットの場合、出生前5日頃から出生後5日頃と言われています(ヒトの場合は胎生12週から22週頃と推定されている)。 興味深いことに、発達期のメスラットにアンドロゲンを与えると遺伝的にはメス(XX)であっても脳がオス型になり、発達期にアンドロゲンの働きが阻害された遺伝的オス(XY)は脳がメス型になってしまい、遺伝子と脳の性の不一致が起こります。このように、発達期に分泌されるアンドロゲンは脳の性分化において極めて重要な働きがあります。ラットやマウスの場合、精巣から分泌されたアンドロゲンは、脳内で芳香化酵素(アロマターゼ)によってエストロゲンに変換されて作用することがあり、オス型脳の形成には芳香化したアンドロゲン、すなわち、エストロゲンが主要な役割を果たしています。

私たちは、ほ乳動物の脳の性分化のしくみを理解するため、脳構造の性差形成機構、動物の性行動を制御する神経機構、性分化に関わる性ステロイドホルモンの作用機序について、ラットやマウスを用いて研究を行っています(もっと知りたい方へ)。脳の性分化はホルモンに対する依存性が高く、臨界期におけるホルモン作用のかく乱は、脳の性分化に影響を及ぼす恐れがあります。実際に、内分泌かく乱物質による脳の性分化への影響は動物実験によって報告されています。加えて、内分泌器官のホルモン分泌に対する化学物質曝露の影響が、脳の性分化の異常を引き起こす原因になることも考えられます(もっと知りたい方へ)。脳構造の性差は動物だけでなくヒトの脳にもあります。ヒトでは性指向性(異性愛、同性愛)や性同一性(自身の性別に対する認識)に関係すると考えられる性的二型核が存在し、神経解剖学的にはそれらに相同する部分が動物の脳にもあります。私たちは、動物をモデルにした脳の性分化の研究を通して、健康リスク低減に向けた環境化学物質の影響評価の取り組みや男らしさと女らしさを形作る脳の実体解明に貢献してゆきたいと考えています。

これまでの研究成果

脳構造の性差形成機構:発達期の性的二型核におけるアポトーシス

発生初期の脳では、過剰にニューロンが産生されています。ニューロンはその発生部位である神経上皮から移動して最終定位置に辿り着くと、神経突起を伸ばしてシナプスを形成し、神経ネットワークを構築します。この一連過程の中で、ニューロンの半数以上がアポトーシスという細胞死の現象によって脳の構成要素から脱落します。発達段階の性的二型核では、ニューロンの発生、移動、アポトーシスなどに性差が生じると考えられていますが、性差形成のメカニズムの全貌は明らかになっていません。ラットの視索前野にあるSDN-POA(Sexually dimorphic nucleus of the preoptic area)は内側視索前核のニューロン群であり、オスのSDN-POAはメスのSDN-POAよりも大きく、多くのニューロンが含まれています(図2)。一方、SDN-POAとは対照的に、終板器官の直後から第三脳室を取り囲むように存在する前腹側脳室周囲核(anteroventral periventricular nucleus: AVPV)は、大きさやニューロン数がメスにおいて優位な性的二型核です(図2)。発達期のSDN-POAとAVPVでは、アポトーシスを起こして死んでゆく細胞数に性差があり、その性差は成熟期のニューロン数の性差と全く正反対であることが知られています。つまり、メスのSDN-POAとオスのAVPVのアポトーシス細胞数は異性に比べて多いのです。我々は、発達ラットのSDN-POAとAVPVにおいてアポトーシスの性差を引き起こすメカニズムの一端を明らかにしました。

アポトーシスの分子機構は複雑ですが、Bcl-2ファミリーによるミトコンドリアのチトクロムc放出調節を介したアポトーシス経路が性的二型核の形成に関与すると考えられます。Bcl-2ファミリーに属するBcl-2はチトクロムc放出を抑制してアポトーシスによる細胞死を防いでいます。反対に、Baxはチトクロムc放出を促進してアポトーシスの誘導を促します。

ミトコンドリアからチトクロムcが細胞質へ放出されると、カスパーゼという一群のタンパク質分解酵素が次々と活性化されてアポトーシスが実行されます。アポトーシスを実行する主要分子である活性型カスパーゼ-3の発現を調べてみたところ、発達期のSDN-POAでは活性型カスパーゼ-3を含む細胞はメスにおいてオスよりも多いことが分かりました(図4)。 AVPVでは、SDN-POAとは反対に、活性型カスパーゼ-3を含む細胞はオスに多いことが分かりました。このことから、カスパーゼー3の活性化を介したアポトーシスによって、死滅細胞数の性差が生じるのだと考えられました。さらに、発達ラットのAVPVとSDN-POAでは、カスパーゼ-3の活性調節に関与するBcl-2とBaxの発現に性差があることも明らかになりました。SDN-POAでは、アポトーシスを抑制するBcl-2の発現はオスにおいて高く、アポトーシスを促進するBaxの発現はメスにおいて高いのです。AVPVでは、Bcl-2の発現はメスにおいて高く、Baxの発現はオスにおいて高いという結果が得られています。Bcl-2とBaxの発現の性差によって、最終的にはアポトーシスを実行するカスパーゼ3の活性に性差が生じるのだと考えられます。


 

脳の性決定には発達期の精巣から分泌されるアンドロゲンが重要であり、ラットやマウスでは、周生期において脳内のアロマターゼによって芳香化したアンドロゲン、すなわちエストロゲンが作用することで脳がオス型に分化します。

SDN-POAやAVPVをはじめとする性的二型核の形成もエストロゲン(芳香化アンドロゲン)が大きく影響を与えています。出生直後に去勢された成熟オスラットのSDN-POAは成熟メスラットのSDN-POAのように小さくなり、出生後間もなくエストロゲンを投与された成熟メスラットのSDN-POAは成熟オスのSDN-POAと同程度にまで大きくなります。 発達期の性的二型核のアポトーシス細胞数もエストロゲンの影響によって変化し、エストロゲンを投与したメスラットのSDN-POAにおけるアポトーシス細胞数は減少することが知られています。生後間もないメスラットにエストロゲンを投与して、SDN-POAのBcl-2とBaxの発現を調べた結果、エストロゲンを投与しなかったメスラットに比べてBcl-2の発現は高くなり、Baxの発現は低くなることが分かりました (図5)。 また、エストロゲンを投与したメスラットのBc-2とBaxの発現量はオスラットと同程度になっていました。

以上のことから、発達期の精巣から分泌されたアンドロゲン由来のエストロゲンは、オスラットのSDN-POAにおけるBcl-2とBaxの発現量を調節する働きがあり、これによってカスパーゼ-3の活性化を介したアポトーシス細胞死がメスラットのSDN-POAに比べて抑えられるのだと考えられます(図6)。 その結果、発達オスのSDN-POAにおけるアポトーシス細胞数はメスに比べて少なくなるのだと考えられます。

参考
  • Tsukahara S. Sex differences and roles of sex steroids in apoptosis of sexually dimorphic nuclei of preoptic area in postnatal rats (review article). Journal of Neuroendocrinology, 21, 370-376, 2009.
    (リンク先:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19226350
  • Tsukahara S, Hojo R, Kuroda Y, Fujimaki H. Estrogen modulates Bcl-2 family protein expression in the sexually dimorphic nucleus of the preoptic area of postnatal rats. Neuroscience Letters, 432, 58-63, 2008.
    (リンク先:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18164816
  • Tsukahara S, Kakeyama M, Toyofuku Y. Sex differences in the level of Bcl-2 family proteins and caspase-3 activation in the sexually dimorphic nuclei of the preoptic area in postnatal rats. Journal of Neurobiology, 66, 1411-1419, 2006.
    (リンク先:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17013925
  • 塚原伸治:哺乳類の性分化(第4章)、「脳とホルモンの行動学 -行動神経内分泌学への招待-」、西村書店、2010年.
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